ちょんの間がアトリエになるまで(上)


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(写真・大岡川と黄金町高架)

ここ旧劇場のある横浜・黄金町は、かつて違法風俗で栄えた歓楽街でした。現在はアートによるまちづくりが行われ、若者向けのバーなども増えています。

毎年開催されるアートイベント「黄金町バザール」は地域活性化の核となっています。そこで今年行われた空間コンペにおいて、私たちは「ちょんの間」と呼ばれる長屋をアトリエとして改修する機会を得ました。事務所のすぐ近所で行われる、ということ以上に、もともと地元出身のわたしにとっては近くて遠い存在だったこの街に、以前から何かしらの形で関わることができればと思っていました。

今回の提案は、街の中に仕事場を構えることで得られた実感などをふまえて作ったものです。

 

地域社会の要請が生んだ建築形式

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(写真・高架下に建築されたアーティストレジデンス・黄金スタジオ)

黄金町には、戦前から走る鉄道、京急線の高架が目の前の大岡川に沿うように走っています。横浜大空襲の際には、燃え盛る街から多くの人が、焼け落ちることのなかったこの鉄筋コンクリート造の高架下に逃げてきたそうです。

 

戦後は川を活かしたものづくりや問屋でにぎわい、またそれらを支える飲食店のいくつかは、次第に風俗経営をするようになっていきました。これが俗にいう黄金町の「ちょんの間」のはじまりといわれています。平成になっても高架下はこの風俗街を中心ににぎわいましたが、近所の小学校や書道教室に通っていたわたしも、この頃は黄金町のあまり近くを歩かないようにと言われていて、当時の街の印象はほとんどありません。夕方、路地の向こう側に見えたたくさんのネオンが、わずかな記憶です。

 

阪神大震災後の耐震改修で、「ちょんの間」は高架周辺の街中に拡散し、最盛期には250店舗を超える規模になりました。この頃に、今までのもともとあった小さな木造店舗が改装・転用された「ちょんの間」とは別に、小さな敷地に「ちょんの間」をよりたくさん並べるための長屋形式のものが多く新築されはじめました。

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(写真・川側の元ちょんの間の並び)

「ちょんの間」を経営する上である意味最も効率よく建てられたこの長屋群は、どれも異常な規模感です。ほぼ共通で間口1間程度、通りに面して客の呼び込みのための掃き出し窓を各戸それぞれ構えており、中に入るとバーカウンターやトイレなどがコンパクトに収まっています。娼婦は客を招き入れると、その狭い2〜3畳ほどの部屋から狭い階段を上がり、同じく狭い2階あるいは3階で客の相手をしていたそうです。

私たちが手がける建物は、まさにこの長屋群の一角にあります。場所は黄金町駅から日の出町方面に向かってほど近い、木造3階建て、全17戸の「元・ちょんの間」長屋です。

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(写真・対象建物の川側の外観)

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(写真・対象建物の高架側の外観)

 

まちとの「新しい接し方」を探る

元・ちょんの間の長屋というサイトスペシフィックな建築の形式、そしてそれを生み出したまちの過去とその刷新を図る現在に対して、どんな提案ができるか。それが今回自分たちに課した課題であり、コンペの提案対象となる建物を決めた大きな理由でした。

 

そして、その提案はとてもシンプルに、「床を抜いて、背の高い透明な制作場所にする」というものです。もともと最低限の経済設計によって作られた天井高の低い3階建ては、そのままではアーティストの制作場所として、物足りないのでは?そう考えた結果が、2、3階の床の一部を抜いた、他のどこにもない高さをもった作業空間でした。

 

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(コンセプトスケッチ・吹抜けのイメージ)

その極端なプロポーションの持つ力に期待したいのが、アーティストの制作に刺激を与えるだけではなく、黄金町というまちの中で強烈な個性をもったまま存在すること、そしてそれが自然にまちに受け入れられる、ということです。

 

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(コンセプトスケッチ・街との対話のイメージ)

このレジデンスでは、制作と展示が一連の過程となるような、作品のショーケースを兼ねることを目指しました。せっかくなら、大きく変わった内部空間から、外にもインパクトを与えられるようなものとしたい。そして、まちとの新しい接し方をさせたい、と考え、吹抜け部分の天井をステンレス鏡面仕上げとすることにしました。

路上から窓をのぞくと、窓から直接見えるのに加え、天井面に反射して見える室内の制作風景や展示が現われます。建物の高さに対して外からの引いた視点が得づらい中、この反射した見え方はまちからレジデンスへの新しい視点を作り出します。また、ただでさえ窮屈な室内をできるだけ大きくみせるため、吹抜けの高さ方向への伸びやかさを演出することも狙っています。

 

まちからの見え方と、まちへの見せ方、が変わることで、黄金町とアーティストにとっての新しい対話形式がうまれるでしょう。

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否が応でも町との距離を感じながら生活する環境があり、それに応答しながら制作をするという日々。それこそがアーティストのいるまちの時間の流れ方なのではないでしょうか。

近所のアーティストと何気ない会話を交わすこと、歩きながらその制作の様子が見られること、日々出来上がっていく作品が毎日通る道からうかがえること、季節ごとに作品が移り変わっていくこと、そういった動きのある風景ができることがまちに期待されていることではないでしょうか。

そのための建物のありかたとは、入居する人たちの籠もれる環境を整えるのではなく、町の中にその存在を積極的に主張し、それに応答する形で制作、生活がなされていく環境をつくることであると考えます。

この極小の空間改修は、私たちがいま考える「まち」からの要請に応答した新しい建築形式のひとつなのです。

工事着工に向けて、設計の変更や金額調整も終わり、先日解体工事からスタートしました。工事中に予想外のこともよく起きるのが改修現場ですが、ライブ感を持って、工事完了まで進めていきます。短い工期ですが、完成が今から楽しみです。

 

参考:
初黄・日ノ出町地区のこれまでのまちづくりのあゆみ
http://www.koganecho.net/info/index.html
まちにくわえる|黄金町バザール2015
http://koganecho.net/koganecho-bazaar-2015/machiproject/machiproject01.html