ライター・イン・レジデンスを考える 小説家・阿川大樹さんインタビュー


アーティストが集う黄金町の元「ちょんの間」の並びに、小説家として事務所を構える阿川大樹さん。6年目となる一昨年、同町のまちづくりを描いた長編「横浜黄金町パフィー通り」を発表し、昨年には地元の演劇人やアーティストの手で舞台化もされました。

フィクション作家にとって、実在する都市を題材にするとはどういうことなのか、黄金町のどんなところが魅力なのか、アーティスト向けの枠組みの中でどんな利点や面白さを見出しているのか、改めてお話を伺いました。(2015年11月収録)

阿川大樹さん

楽しいことはいくらでもある

—舞台お疲れ様でした。連日現場にも顔を出されていましたね。

久しぶりの現場で楽しかったですね。取材も兼ねてというか、それ自体もネタにしてやれと思っているので、わざわざ劇団にお願いして取材しに行くよりはちょうどいいなと。

—アーティストとの共同作業は、どうですか?

人と一緒に何かを作るっていうのは単純に楽しいので、好きなんです。けれどもそちらに一生懸命になると小説が書けなくなってしまうので、みんな楽しそうだなと思いながら、普段はわりとわざと距離を取っています。黄金町にいると、チャンスはいくらでもあるので、そちらの方向に気を使っていないと、毎日楽しいけど、ちっとも小説が書けない人になってしまうんです。

あともう一ついいのはやっぱり、アーティストって、ライフスタイルはだいぶ違うけれど、自分で腹を括ってリスクを取っている人たちなので、人のせいにしないところが気持ちいいですね。お金がない者同士近くにいるのってすごい心地よくて(笑)。

—阿川さんはイベントなど積極的にいろいろ参加されている印象があります。

地域のためのイベントには基本的にはできるだけ参加しようと思っています。NPO(黄金町エリアマネジメントセンター)の事務局からも、芸術学校や大岡川の周遊クルーズのガイド、最近始めた「まちゼミ」の話なんかが結構来るので、大変だけど基本的には無理でなければ引き受けます。そうするとまた頼まれるっていうことになるんですよね。

街歩きツアーとかは結構面白がってくれる人がいるみたいで、ある程度困ったら、そろそろまた阿川のところに頼みに行こうみたいなノリはありますね(笑)。

下町要素あふれる黄金町

—街歩きツアーには、どんな方が参加されることが多いですか。

最近近所のマンションに引っ越してきた人など、新しい住民の人が結構参加されますね。そういう人とつながる機会になるのはすごく良いなと思っています。

まちづくりを一生懸命やる人ってメンツが決まってしまっていて、商店会だとか町内会で昔から活動している人が積極的に今でも動いているけど、高齢化しているし、放っておいても新しく引っ越してきた人とはお付き合いが始まらないんですよね。

けれど、かいだん広場のイベントなんかを見かけて、にぎやかだなって興味を持って、ツアーがあると伝えたら自分から来てくれた方が何組かいて。一昨年の黄金町バザールのときに物件を見に来て、なんだかにぎやかで楽しそうだな、と思って引っ越して来たら、バザールが終わったらぱたっとそれがなくなっちゃって、だまされたみたいだっていう方がいました(笑)。

—イベントのにぎわいが移住につながっているんですね。

遠くからわざわざ来て意外としょぼかったなって帰ってしまう人もいるけど、近所に住んでいる人からしてみると、遠出するコストもないし、しょぼくても別にいいや、ないより楽しいし、ぐらいでOKなわけじゃないですか。月に一度はイベントがあるし、バザールが始まると明らかに町の景色が少し変わるし、外国人も歩いてるし。

溶け込めばけっこう楽しい町なんですよね。お祭りやお神輿があるし、ラジオ体操はあるし、盆踊りもあるし。下町の要素をぜんぶ持っているから。

実際、僕がいるこの6、7年ぐらいの間に、近所の人が増えているなという実感はあります。7年前だと、この前の道は、おまわりさん以外は一日10人歩かなかったですからね。今は僕がタバコ吸ってる3分ぐらいの間に誰も通らないっていうことはほとんどなくて、1人2人、多ければ5、6人前を通過していきます。以前を知らない人は、人通りが多いなんて思わないだろうけど、本当に極端に人がいなかったですから、それを考えるとすごく多いんですよ。

—こうしたレジデンスプログラムに参加することで、制作活動にはどんな影響がありますか。

僕はサラリーマンの息子だったので、商店街の人とのお付き合いなんてほんとになくて、商店主同士の付き合いがどうだとか、子どもたちに対して町が何をしようとしてるかとか、これまで知らない世界だったんです。いわゆる住宅地に住んでて、住んでいる人の種類もみんなサラリーマンで、たいていの人がそこから都心に通って夜帰って来る。もちろんその会社の関係の人とは付き合うけど、近所の人とはまあそんなに付き合いもしないし、町のイベントなんかもなかった。熱心な人が何人かたまたまいると、そこでは夏休みに子ども向けのラジオ体操はあったくらいで。

黄金町では、最初からNPOを通じて町の人との入り口が用意されているから、お付き合いが簡単にできる。一緒にやるイベントもたくさんあるし、7年目の今はものすごく濃い付き合いもあります。ちょっと歩いていれば知ってる人に会って、立ち止まって雑談をして、ある意味悪いことのできない、心地良い町ですね。商店の人を取り上げた小説は、ここにいなかったら書いていなかったと思います。

劇版《横浜黄金町パフィー通り」》

—「書くために取材することはしない」とおっしゃっていましたが、街のことを知る上で、意識してやっていることはありますか。

たとえばこちらが思いつく質問項目を用意して聞いても、その答えは返ってくるけど、ここは予想通りだ、ここはちょっと外れてたってなるだけで、それ以上ふくらまないんですよね。所詮、イメージしてるものを確認することしかできないじゃないですか。サービス精神が旺盛だったり、僕が何に興味を持ってるか、感度のいい人だったら、聞いた以外のことをどんどん話してくれることもあるけど。

自分のほうから聞いてもないことを言ってくれるようになると、あ、そんなこともあるんだっていうのがいっぱい聞けて、そういうことが自然に引き出しに入っている方が楽っていうかね。厚みが出るし。たとえば床屋の柴垣さんところなんかは、すごく歴史の古い床屋さんだけど、散髪してもらいながら、父親の代はこうで、自分はこうでとか、修行してるときはこうでとか、聞かなくても話をしてくれて。今では町の人たちもある程度、僕が町にそこそこコミットしている人だと理解してくれているので、いっぱい話してくれるんですね。商店の人とのお付き合いというのが、自分にとって単純に新鮮なんですよね。

—生活の場として黄金町を利用しているんですね。

週に一度、田舎から野菜が運ばれて来るので、そこへ買いに行くと、近所のお母さんたちが30人くらい集まってるんです。大多数の人は、顔は知っていても名前は知らないぐらいですけど。僕が住んでいる、いた社会っていうのは、共働きの人がいて当たり前だけど、ここの町内だと、専業主婦が多くて、夕方4時とか6時に野菜を売る日があると、そこに来る男は僕だけで、ほかに男の人一人も来ないんです。え、この町って男は野菜買わないのかっていう(笑)。まあ昔はそれが当たり前だったかもしれないけど。改めて僕からみたら新鮮な町のあり様とか、ライフスタイルを目の当たりにしています。

編集されていない、生の情報に触れる

—黄金町以外の町を扱った作品では、どのように町のことを知っていったんですか?

小説って、どうせ架空な町だし、決めつけちゃえばいいんです。だから、ある程度のステレオタイプを適用して、ごく一部だけずれたところを持たせる。人間のキャラクターでもそうだし、土地のキャラクターでもそうですが、ぜんぶ誰も知らないぐらいにばらばらで新鮮だと、読者はリアリティーがあると思ってくれないんです。だいたい8割はありそうな町とかありそうな人で、残りの2割ぐらいのところに特殊性が潜んでいるわけです。その特殊性の部分は、フィクションの嘘をつく余地の部分だから、まあ作っちゃえばいいんですよ。だから、大事なことは、いろんなステレオタイプを自分の中に持ってるっていうことなんですね。

住民がほとんどサラリーマンで通勤ばかりに時間を使っている町っていうのは僕はいろいろ知ってたんだけど、商店主がラジオ体操で子どもにお菓子を配ってる町っていうのは知らなかったわけですよ。この町で僕としては新しく知った部分というのは、ノンフィクションじゃないので、ほかの町を書くことに使えるんです。この町のことを書くためにこの町を知るわけではなくて、違う町のことを書くためにこの町で知ることができることがたくさんある。小説家の取材ってそういうものなんですね。

—ノンフィクションとは全然違いますね。

たとえば鉄道の話を書くときには、始発から終点までずーっと運転席にカメラを据えてだまって延々と映してるDVDとか、普通の人が興味を持たないようなところに興味を持つ人がいっぱいいるので、資料がたくさんあって楽なんですよ。そういうローカル線のDVDを買って来て、途中で景色がどう変わっていくかとか、駅にどんな服装の人が何人いるかとかを見るんです。ワンマン運用で、お金をチャリンと入れて、車掌さん兼運転手さんが話しているなとか、この駅で何人乗って、何人降りたなとか。始発駅はけっこう街中だったけど、3つも進むとどんどん山の中に入っていって、撮影日時も書いてあるから、あ、木曜のこの時間だとここから女子高生が二人乗ってくるんだなとか。物語は自分で作るから別にいいわけですよ。だけどその町が持っている空気とか、その場所に主人公が立った時に目に入るものは何なのかっていうことを知りたいんです。

綺麗な景色だけ切り取った本にはそんなことは載っていないけど、編集なしのデータにはそれがあって。自分が行ったとしても、知りたいことはそういうことなわけです。別にその鉄道のことを書くわけでなくても、どこか架空の鉄道の時にそれを使えば良いんです。町に住むっていうのもそういうことですよね。かいつまんだ情報じゃなくて、生の、編集されていない情報に触れられる。

今は道の様子がグーグルで見えるじゃないですか。あれすごい便利ですね。町の様子とか、商店の看板とか、まんま見えるから。古い建物が並んでるとか、ここは新しいとか。すごい路地にも入っていけますからね。下調べとして見ておいてから行くこともあります。

阿川さんの作品

町の人は、つまらない町になりたかった

—トークイベントの場や、SNS上でも、黄金町のまちづくりについての議論に、根気強く参加してらっしゃる印象があります。

僕は、自分の考えが間違っていないか、正しいかどうかっていうことを検証するために人と議論するっていうのが基本的なスタンスなんですね。

もうこの町がけっこう好きになっているから、町自体とか、町にいる人を否定されると、単純にむかつくっていうことはあるかもしれないですね。なんか、放っておけなくなっちゃってる部分ていうのがあるから、その部分だけは丹念にやっているかもしれません。

それはまあいかがわしいほうが面白いっていう人は必ずいて、僕だっていかがわしい町は大好きなんですけど、社会の面白さとかいかがわしさ、多様性っていうのは、この町をどうするかっていう議論とは、本来別なんです。うちからはどいてくれって住民は思っただけで、社会正義を追求してるわけじゃないんですね。

たとえそれが遊園地だとしても、ここに遊園地作るからお前どいてっていわれたら、嫌だ、よそにしてくれって思いますよね。別に黄金町がそういう町でなくても、いかがわしい場所は世の中にたくさんあるので、社会からなくなりはしないので安心してくださいって(笑)。

実際、もう目立ってそういうことを言う人は減っていて、あ、黄金町はそういうことになったんだ、自分にとって期待する町じゃなくなったんだなって、要するに無視されてきてるんじゃないかと思うんですけどね。つまらない町になりたかったわけで、町の人は。

この先どうなるっていうのを頭の中で考える時期はもう終わっていて、もう結果は出ているんですよ。僕はすごくポジティブな結果が出ていると思っていて。行政のお金が使われているっていうことでいえば、その結果をもっと見えるようにしないといけないかもしれないですけどね。

ただ、アーティストがいられるのはこの建物だからっていうのは、決定的な問題としてやっぱりありますよね。取り壊して建て直す時にアーティスト向けの物件なんか作らないからね。それまでに、たとえば高架下の施設が本当にアートセンターのような役割をちゃんとしていて、その周辺に、今みたいに歩いて2分以内とかじゃないかもしれないけど、放射状なり線上なり、いろいろ活動しているところの結びつきが形成されるといいなと思いますね。

—今後も黄金町で滞在制作を続ける予定ですか?

特に出る予定とか、どこかに行きたいとかはあんまり考えてないですね。まあ、追い出されない限りはいたいと思っています。

単純に仕事場として、安くて十分使いやすいし。たとえば、24時間どの時間でもご飯が食べにいけるとかね。家の近所はだめなんですよ。だから家にいたら、夜中におなかが減ったら自分で作らなきゃいけないけど、自分で作るとテンションが下がっちゃうので、ほか弁か、コンビニで買ってくるしかない。ここだと選択肢がいっぱいあって、何時でもご飯が食べれるっていうのがありますね。そういうインフラ的にもすごく理想的なんですよ。

その上に、コミュニティがある。コミュニティは、ある意味邪魔な面もあるわけです。いろんなことを一緒にやり始めたら、プロがやってる学園祭みたいなものなので、楽しくてしょうがないですよね。だからやらないようにしているわけですけど。夜中の3時に帰ろうって歩いていても、誰かのところに電気が点いてて、まだ制作してるとか、言葉を交わさなくても、なんとなくそういう人たちが近くにいて、その姿を見られるのは、励みなりますね。住宅街で一人で活動していたら、夜なんか暗くなってさみしくなるだけですから。まあ孤独も必要なんですけど。

太田橋

—「普通の暮らしを描きたい」ともおっしゃっていましたね。

僕にとっての普通の町っていう概念が、ここにいるあいだに広がったので。何年か前の僕の考える普通の町には、商店会の人とか登場しなかったと思うからね。それが町の重要な要素だとか町の魅力になるんだっていうことがすごくわかって。その中でたとえば、幸せな町っていうことがテーマになるような小説を書くとすると、どういう町だったらみんなが幸せに暮らせるだろうっていうイメージの中に、それはぜんぶ黄金町と一緒ではないかもしれないけど、黄金町の中にそういう要素がいろいろあるなとは思っています。

黄金町自体の物語は書かないかもしれないけど、ここの町にいる人たちがヒントになったものは書くかもしれないですね。

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黄金町のレジデンスアーティストによる一年間の成果展「黄金町レビュー」が3月11日から開催されます。

阿川さんは八番館(横浜市中区初音町2-42-3)で、小説のラストシーンを再現するために自身が作詞作曲した音楽やこれまで黄金町で撮影した素材を使った映像など、3つの作品によるインスタレーションを展示されます。

黄金町レビュー展覧会「黄金町レビュー」
会期|2016年3月11日(金)〜3月21日(月・祝)  *3月14日は休館
時間|11:00〜19:00 入場料|無料
会場|高架下スタジオsite-Aギャラリー、八番館、ハツネウィング、
総合インフォメーション「KOTATSU」
主催|認定NPO法人黄金町エリアマネジメントセンター
https://www.koganecho.net/contents/event-exhibition/event-exhibition-1630.html